|
||||||||||||||||
| 現在のページ:ホーム>四国お遍路02 |
住職の体験談 |
| 住職の体験談を紹介しています |
![]() |
>>お遍路01へ | |||
| >>お遍路02へ | ||||
十一月一八日通算31日目
|
||||
紅葉の綺麗な三角寺大師堂
|
新築の雲辺寺の本堂を紅葉越しに見る |
|||
| 十一月十七日午前二時 京屋旅館出発皆さん夜中の夢だよ。 歩きだすと旅館の犬が二匹供をしてくれてる。 前神寺に降りる三叉路過ぎてもついてくる、鳥居を過ぎてもついてくる。 後に成り先に成り 20分過ぎても30分過ぎてもついてくる、「 [「何処まで送ってくれるの」と聞いても返事はくれない、でも未だついてくる 高速道路が見えてきた、それでも2匹供ついてくる。高速道路の下を右に曲がってもついてくる。 「有難うもう良いから帰れよ、遠くまで有難う」と言ってもついてくる。高速道路脇の坂道を上がりきった処で 振り返ると2匹供立ち止まって此方を見てる、やっと帰る気に成ったらしい。 「有り難う 気おつけて帰れよ。ありがとうありか゛とう・・・・・何故か涙が出てきた」こんな夜中に1時間も 私の供をしてくれて・・・・・・前神寺迄あと少し頑張ろう 前神寺到着午前3時半この寺は千三百年前役の行者が石鎚山で修業しているとき釈迦如来と阿弥陀如来が この世の人々を救う為に蔵王権現となって現れ、これを祀ったのが前神寺の始まりだそうです。 後に弘法大師が石鎚山で、虚空蔵求聞持法を修されて札所と定められました。 前神寺午前四時出発 加茂川を渡り一路三角寺へと暗い夜道をひたすら歩く。今夜の宿は伊予三島の旅館つるやです。 七時半新居浜病院前のファミリーマートで朝飯 昼杉に番外寺の延命寺通過 十七時20分宿入り大変疲れました。明日は3時起床4時発です。 |
||||
平成二十二年十一月十六日午前二時、伊予桜井駅前出発三津屋東で朝飯午前六時出発 午前六時五十分。 |
||||
| 今日は 歩きを変えて63 吉祥寺 62宝寿寺 61香園寺 60横峰寺 と逆に巡拝してみます。 横峰寺下の 京屋旅館の温泉と大好物の子持ち鮎を共に味わいたいから・・・・・・・・。 七時吉祥寺到着 此処は四国霊場唯一の毘沙門天が御本尊で、寺の名前の由来と成った 吉祥天共に 御大師様が刻まれた仏像が安置されているとの事です。 62番宝寿寺は寺の歴史を 今の世も繰り返すが如く本堂の観音様が大師堂に移転、 大師堂の御大師様が隣に移転、数年経つも変わり無く時は過ぎて行く。 14番国分寺の 大師堂よりは心が安らぐけれども・・・・・・・・ 納経料収入は・・・何処も同じはずなのに不思議ですね。 61番 香園寺、子安大師で有名な寺ですが初めて30数年前に訪れた時は、 頭に描く寺のイメージとは程遠いい・鉄筋コンクリートの寺の容姿驚いた事を今も思い出します。 |
||||
通算27日目 9月24日午前五時ホテルを出る。
円明寺には日本最古と言われる 銅の納め札が有ります。 |
||||
![]() |
||||
円明寺山門 |
||||
日本最古の銅版の納め札 |
仙遊寺山門14 時着 |
|||
![]() |
||||
国分寺本堂16:18着 |
||||
昼過ぎ48番西林寺に到着 西林寺は四国霊場の中で唯一階段を下り山門に入る寺です。
|
||||
![]() |
![]() |
![]() |
||
| 雨にかすむ八坂寺山門 | 石手寺本堂 | 道後温泉からくり時計台前で | ||
| 九月二十二日 岩屋寺を打ち終えて 打ちもどりの途中にある国民宿舎古岩屋荘で昨日依りの疲れを癒やす為と 今夜の寝る所を確保する為に温泉に入りました。 温泉の中で知り合った九万町の小黒泰吉さんといわれる方が(今夜の宿はどこに泊まるの」 と聞かれたので「野宿です まだ時間も有るから九万まで歩き 大宝寺の下の土産物店の御主人の病気加持を約束してるので其れを済ませてから寝る所は考えます」 と答えると 「寝るだけなら俺の家に寝たら良いよ 俺は独り者だから土産物店迄は後で迎えに行ってあげる」 と言われたので 有りがたく御厚意に甘えました 小黒さんありがとうございました。 |
||||
九月二十三日 峠から下り中ほどまで来ると大変珍しいものを見つけました。 何と其れはガマガエルです 前足の指が四本 後ろ足の指が六本 四六のガマなのです。大道芸の「ガマの油売り」 に出てくるガマですよ。 |
||||
| モッコに入れて前後に担ぎ 山裾迄運ばれました。 | ||||
| 杉並木を通り過ぎ 大宝寺迄後五キロまだ暗いし山道なのでゆっくりあるきます。 | ||||
![]() |
||||
大宝寺下のいつも寄る売店に入ると奥さんが「朝ご飯は食べたの? 」 と聞かれたので 「未だです。」 と答えると温かいご飯に味噌汁 漬物を出して下さいました。 御主人の姿が見えないので 尋ねると体調が悪いとの事・私は霊媒師であり 加持祈祷師有ることを伝え 御加持を施し錦の納め札をお守りとして開眼していつものお接待のお礼として お渡し帰りに今一度加持する事を伝え大宝寺へと向かいました。 大宝寺は文武天皇の勅願により建てられその時の年号をとって大宝寺と名付けられました |
||||
迫割行場 大宝寺を出て勾配のきつい八丁坂を上り 岩屋寺手前の山頂に昔あった |
||||
![]() |
||||
| お大師様がこの地に来られた時お大師様の力を見抜いた゛不思議な神通力を持つ 女の法華仙人が 大師に此の地を修行の場として差し上げることにした時己の力を 見せる為に大師に峰と峰の間から教本を中空に投げていただき其れを仙人は 宙に舞い教本を掴み帰る時岩山を突き抜け出来たのがこの行場です 狭くて急な所を鎖を使い登ると 今度は狭くて急な梯子が有ります 其れを上り険しい横道を行くと今度は 少し幅の広い梯子がまたあります 上がりきると畳二畳程の広さで岩の小山の中心に 白山大権現が安置されぐるりは手で持つだけの細い鉄筋が有り其れに摑まり 読経します。 危険な行場なので 寺が認めた先達が居ないと入口の鍵が貸して戴けません |
||||
![]() |
||||
| 岩屋寺山門こちらが表山門です お大師様は霊場を開くときに 木造と石造の二体の不動明王刻まれ木造の不動明王を本堂に石造の不動明王を岩山に封じて山そのものを御本尊不動明王とされたのです。 それ故に岩屋寺は建物は 本堂より大師堂が大きいが 実は山全体が 本尊であるため我々は仏の体内に入り拝んでいるのですたい。 |
||||
岩屋寺よりの帰り道 |
||||
| >>お遍路02へ | ||||
| >>お遍路01へ | ||||
| ホームへ | ||||
| 不動院 | ||||









.jpg)
岩屋寺よりの帰り道