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住職の体験談 |
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一時四十分出発 速い。 奥駈けと言うだけある。 私のペースでは無いですね、奥駆け道入り口の橋迄に凄く感じました。 皆さん若い四十代迄が20人、50代が8人60代が5人70歳が1人 この方は10回目です。最高齢71歳1人、この方は20回目です。因みに座間僧上は62歳32回目。福家僧上は50歳27回目の入奉修行です。感嘆の他に言葉無しです。私は68歳と11ヶ月10日初入奉修行ですが、無謀に近い感じが現実見を帯びて来ました
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| 金剛多和五時四十五分時間通りに到着読経、まだ半分にも来てない! これから五大尊岳に向かって二時間歩きます。 歩きながら気が付いた、 此処は修行の道である!途中他の道と出会う事がない?道は獣道の如く、細く自然のまま、木の根は縦横無尽に土の上に出て居るし、枯れ枝、枯れ葉も積もり放題だから,足元は滑るし 躓くし、斜面の道は細く傾斜してる、片方は千尋の谷片方は急斜面、杖を持って居てもその杖を突く道幅がない!竧 かと思うと 目の前に岩が突き出た!四十度以上も有る急斜面、杖が邪魔に成る?携帯電話の紐を取り杖に結びつけて、両手が使える様にして、岩を掴み 木の根を掴み、周りの木にすがり急斜面を登って行く! 約三時間も続くよと言われ巐冷や汗ダラリ 正に自信の無い者、既に自信を失いつつある私には、修行の道ではあるが 他の道に逃げる事の出来ない!後ろに引き返す事も出来ない! 只皆さんに迷惑掛けずに 玉置神社迄たどり着ける様神仏に祈りながら、一歩また一歩と歩を運んで行きました。 | ||||
| 大水の森 海抜千四十四メートル 此処で大休みをしました。 水の支度が乏しかったので 同行の方から一本接待して戴きました ありがとうございました。惲 他の皆さんからも いろんなお接待を戴きながらの 修行道半ばでした。 |
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| 大森山山頂1077メートル皆さんのお陰で、やっと山頂です。足に軽い痙が来て両足の限界点を感じ始めた事を 先達に伝えると、若い修行僧が急斜面でリュックを後ろから持ち上げてくれました。急斜面行くと後ろから持ち上げて介助してくれたので何とか、此処迄歩を運ぶ事が出来ました。 心か御礼申します。ありがとうございます。後此から玉置山迄 急斜面の下り坂、そして急斜面の登り坂が続くそうです。一生懸命頑張りますので宜しくお願いします。 水呑み金剛迄下りの急斜面を降りて行きますが、私は行き戻りの部分は待機させていただき 休息をとらせて貰いました。時刻は10時45分これから玉置山迄登り、下り繰り返しながら、一時間45分の行程が続くそうです。 | ||||
| 玉置山 玉置神社到着 12時29分やっとの想いで最終目的地迄たどり着けました。長い長い時間約11時間の修行の道でした。 始めに座間僧上が四国の道とは比較に成らないよ!と言われた言葉が歩いてみて、体験して納得しました。 今更ながら10回以上入奉修行されてる諸先輩の強靭な肉体とそれに宿る強靭にして精練成る精神に、心より敬意の誠を捧げ先ずは、無事今回の大峰奥駈け入奉修行が成満出来た事を玉置神社御宝前に於いて、報告 御礼の御法楽を捧げ これより本山三井寺に向けて帰る事と成ります | ||||
5月21日22日2日間に渡り 世界遺産と成りました 大峰奥駈入峰修行に参加させていただきました。 |
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| 天台寺門宗は 紗那業 止観業及び修験道の三密から成りたって居ますので 修験道の修行大切なもので、本宗教師は常に修験、紗那双方の僧階を受けています。二十一日朝五時起床し修験道装束に身を固めて三井寺山内の諸堂を巡拝をすませ,七時 一路熊野に向けて出発しました。 | ||||
| 11時速大社に詣で内拝入峰祈願し御祓いと御神酒をいただきました。 | ||||
| 12時四十分 那智山の西国三十三観音一番青岸渡寺にお詣り読経後茶菓の接待を受けて副住職高木師のご挨拶も頂きました。 | ||||
| 十三時五十分 那智の滝参内 | ||||
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| 十六時熊野本宮瑞鳳殿に宿泊 明日は一時起床 一時四十分出発です | ||||
5月4日午前4時起床 身支度をして、タクシーで昨日のドライブインなぎさ迄行き五時より歩き始めました。 神峰寺迄13、5キロです 神峰寺の坂道は勾配がキツく45度近い急な坂道が一キロ以上も有り険しい遍路道でした。苦しみ 苦しみ、喘ぎながら登と本堂にたどり着いた時の喜びは、比例して大きなものとなります。山門を入り、納経所の前を過ぎ 土佐の名水で喉を潤し又稲妻形の階段を登りやっと本堂にたどり着いた。 本尊十一面観世音菩薩様に挨拶し読経を済ますと、土佐の関所を通過の喜びが湧いて来ます。 この山は地殻変動に依り隆起して出来た断層等があり、興味深い所ですよ。 10時半とうのはま駅前通過、 道の駅大山で昼食此処の鯨カレーもおすすめですよ。安芸市民球場前駅からひと駅引き返して、 ホテルタマイに宿泊、 明日はゆっくり休んで出発します。 5月5日朝8時出発。 十三時野市駅着 今回はこれで帰ります。二十八番大日寺からは既に1月11日から三泊4日で須崎のあわ駅迄歩いてますので次回は、あわ駅依り歩きます。
拝む前に 祈願の言葉を 平たく言えばお願い事ですね、 これは、声を出してハッキリと言って下さいよ。 一番大事な事ですからね、 命を掛けて、金を使い時間を使い四国の地にやっと来たんだから、目的が願いが叶う様にしっかりとお願いしてください。 相手(仏様)に伝わらないと意味ないよ。コミュニケーションとは伝達 だよね |
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| 5月3日午前11時金剛頂寺着、駐車場に有る 貨車の売店 でコーヒーを頼み一息入れる、 室戸岬から三時間結構早い時間ですよ。 コーヒー代金を払おうとすると、奥さんが歩き遍路さんだから、御接待しますよ。と言われ有り難くお受けして 錦の御札をお渡ししました ご馳走様でした、 金剛頂寺は、鯨の嬰児を沢山ご供養されてます、 昭和五十年代には、鯨のミニ博物館が有りましたよ。御本尊薬師如来様は弘法大師様の作品で完成した時に、お大師が(早く行って座りなさい)と言われると、薬師如来様は自分で本堂の扉を開けて鎮座在したと伝えられています。四年前には、金剛頂寺大師堂の濡れ縁で一夜を明かしました、12時キラメッセ室戸で鯨カレーを食べたら大変美味しかったです 鯨のカレーは、福山では食べる事は出来ないですからね! 本当に美味しかったです 足が少し痛く成ってきたので、 ゆっくり休んで出発しましたが ドライブインなぎさ近くで、豆が二カ所でき可なり歩いたので少し早いが、バスで神峰寺下の民宿きんしょう迄行きました。 |
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| 此の写真は津照寺前の港です。津照寺は通称津寺と呼ばれています。本尊延命地蔵菩薩様は、別名舵取り地蔵菩薩とも呼ばれています。此は土佐藩主山内公が室戸岬の沖を航行中、に嵐に襲われあわや遭難かと思われた時、突如として一人の僧が現れて船の舵を取り無事に室津の港に入る事が出来ました。しかしそこには先程の僧の姿は何処にも見えませんでした。ともかく助かったのは、神仏のおかげと、山内公は津寺へ無事の御礼にと詣られまして 驚かれたことに 本尊延命地蔵菩薩様は、全身びしょ濡れでした。山内公は船を操り助けてくれたのは、このお地蔵様だと悟りこれ以来(舵取り地蔵さん)と呼ばれ、津寺は海の守り本尊として、海で働く人々の厚い信仰を受け続けています 遠洋漁業に出るときは船で沖合いに参り汽笛を鳴らし数回円を描いて出漁するとの事ですよ | ||||
5月2日午後七時 福山市を出発 二十八番札所の有る、野市の駅前に車を置いて、二十一時五十八分発奈半利行きで奈半利迄行き 奈半利駅で 朝一便で室戸岬迄行く積もりで、野宿の支度をしていたら、親切な方が室戸に帰るから、( 岬迄接待させて下さい)!と言われ喜んで接待を受けてその日に有りがたいことに室戸岬迄迄行く事が出来ました。 岬で野宿をして、朝一で二十四番最御岬寺を打ち終え、 七時四十五分山門を出まして 写真1室戸岬案内図 写真2は 二十五番 津照寺 通称、津寺前の港です最御岬寺は室戸岬の発端に位置し太平洋の荒波を受ける、土佐第一番の札所で お大師は岬の突端近くに有る、御蔵洞と呼ばれる、洞窟で(求聞持の法)を成し遂げられて、お坊さんに成る決心をされたと言われており、又空海の海は此処から、名付けられたと言われてます。 また此処には、(食わずの芋)の伝説が有ります。欲深い婆さんが腹の空いた、お大師が 芋を所望されると 此の芋は固くて食べらんない。と言われて仕方無く諦めて立ち去られました。処が婆さんが家に帰り食べようとしても 固くて食べられなくなり、以後婆さんの作る芋は固くて食べられなくなったそうです。 |
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今日は 今までに言い忘れてた事を書いてみたいと思います。 納め札、お賽銭は出来るだけ左手から右回りにされると混雑しないで良いですよ。
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今日はお詣りし、読経するときのマナー、作法に付いて私的に述べてみたいと思います。 御仏の前ですから、調服、とまではいかなくても、意義を正して読経したいものですね。 読経の時多人数の場合、左右どちらかに固まり、整列して欲しいです! 他のお詣りの方の邪魔に成らないよう そして前に詰めて、整列して欲しいです。何故なら、読経中に他の人が前を横切らなくても済むように、後ろを空けて置くためです。前を横切る事は、経を遮られる事にりますから、出来るだけその様な事の無いようにしたいですからね
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| 4月9日 | ||||
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春たけなわ 恩山寺の修業大師さまです | |||
次、納め札は貴方が本尊様、大師様に差し上げる名刺だと考えて頂けたら、自ずと正しい? 納め方が解ると思いまが・・・先ず、一礼自分の名前を名乗り、相手から読める様に、そして上向きにして、納めて欲しいです。公認先達が付いてる団体で何枚も、ホッチキスでトメテ投げ込んでるのを時折見かけますが、此は論外です先達の資格ゼロ以外と言わざるを得ません。此の様な先達、又公認先達の中に 納経帳は家宝だから一家に一冊、納経印は一回で良いと説明して居る方も居ますが、勿論本人も納経帳は持って詣って無い 此ではツアー先達と陰口付かれても仕方無いかな?と思いますが ちゃんと正しく遣られてる先達にはごめんなさい惲 |
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次に、お賽銭は貴方が本尊様、大師様に差し上げる手土産だと考えて頂けたら良い? 手土産を投げて渡す方は居ないと思いますが如何でしょうか!!ちゃんと受け皿が在るのですから、此処でも名前を名乗り私の願いが叶います様にと唱えて、御本尊のお顔を見てそして貴女も本尊様に顔を見て貰うのです。本尊様との対面対話があなた方の願いを叶える大事な事ですから 言葉は声を出して言って欲しいです!霊能者でない凡夫 行者が頭の中で唱えても本尊様には届き難い?ですよ賽銭遠くから投げて賽銭箱入らず拾って又投げ込んでる、それでも入らず、やっと近くに行って入れてる方も見受けますが見難いですから今、一歩近づいてソッとお供えして下さい |
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4月8日 今日は納経帳に付いて話してみたいと思います。
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| 鶴林寺大師堂を望んで 札所に着いて 出る迄の私形の正しい?と、思うお詣りの仕方を話してみます。山門を入るとき 先ず一礼して 出来れば名前を名乗り、(お出迎え戴きまして有難うございます)。と声を出して言って欲しいです。 此処から 仏様との対話が始まります。次に鐘を突こうと思われる方は、鐘を突いて下さい。 先ず合掌して一礼し軽く一打し 合掌一礼して下さいね。 次、手水場で出来れば左手を流し、右手を流し、左手に水を受けて口を濯ぎます。手杓は水を汲んで縦にし水を柄に伝わらして流して清らかにし元の場所に置いて下さいね、後の方の為に 次、ローソク、線香これはどちらが先でも構いません。 此処では、ローソクから話してみます。ローソクは紙巻きローソクや、長いのは、次の方達に危険ですから止めて下さいね。 ローソクは上の段から使用しましょう。又既に灯が点けて在るローソクからの貰い灯は出来るだけ止めましょう。何故なら、その方も貴方と同じ様に想いを持って、灯して在るから想いの邪魔をしないために 次、 線香 これは諸作法在るかと思いますが、霊場寺院を見渡すと、通常三本を起てて有りますよ。何の為の三本? 三宝、(仏法僧)三密(身と口と心) 本尊様、先祖様 そして我が身に香を焚く諸説有るかと思いますので、舌足らずはご教示下さい。そして出来るだけ奥から立てて下さい。此も後の方達の為に、他人の火で熱い思いは嫌ですから。 また後日 |
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| 鶴林寺大師堂 | ||||
三月二十六日 9時 大龍寺山門を入りました。 霙が降ってます。 山頂は真冬の寒さです。 |
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薬王寺到着です。
昨夜の宿「ゆき荘」より歩き二時間半で到着。 今回の歩き遍路此処から帰ります。 約百二十キロ歩きました。 ※金色の納め札の功徳は、 納め札を米粒位に、千切り清水浮かべて、光明真言 大師法号を各三反唱えて飲むと病気治癒に効能が有ります。又 車の御守り 肌守り等など 功徳が戴けますよ。 ※錦の札に付いては後日お話しします。 此の件に関し、 ご意見有ればお聞かせ下さい。 |
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三月二十六日 昨夜宿、遍路さんの持っている地図で(吉田印刷)のもので少し疑問に思う事が有りましたので、 私見を述べてみたいです。 因みに金に付いて霊場会が金の納め札の公認証を交付するのは 五十回とされてます。 |
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三月二十五日 十五時半井戸寺到着4時十分 寺を辞して、徳島市内の民宿に向かいます。 |
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| 今日は思いがけない事が有りました。 住職さんが先達で、お詣りの団体さんの1人が私が納めた金色納め札を読経を始めると直ぐに隠す様に持ち去りました。 大師堂でも又、他の方が同じ様にされました。 私は、彼の住職さんに言いました。 「住職さん、可笑しいでしょう? 貴方が名刺を出して話をしてるときに他の方が名刺を持ち去って行くと貴方はどんな気持ちがしますか? せめて会釈位して、本尊様に御礼して戴く様 指導して戴けませんか?」とお願いしました。 お詣りした方々が、思いを込めて納め物を黙って持ち去り十善戒を唱えても全く意味は無くなります。ましてや。取って帰った。 拾って帰ったと話す事は論外です。 金、銀、錦の札を戴く時は本尊様、大師に理を述べて何がしかの御礼を賽銭とは別にお供えして戴く様にして下さい。 又何の功徳が有るかは次回話します。 |
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老夫婦仲良く詣られてる方が有ったので許可を得て写真取りました。 |
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三月二十四日 阿川梅の里三叉路に午前8時に着きました。 |
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| 先程渡った潜水橋です。 雨で水かさがすと橋は浸かり通れくなります。 昔ながらの板橋です。 | ||||
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三月二三日 午前三時起床 足の豆を処理して テーピングをし、着装。 宿の好意で接待して戴いた握り飯食べて 出発の準備をする。 |
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| 長戸庵前を通過 九時 | ||||
柳水庵を過ぎました。
最後に有るのは、今夜泊まってる水飲み場の上の大師堂です。 |
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| 三月二二日 七時四十分一番霊山寺を出て二番極楽寺に向けて歩き遍路四回目の始まりです。 納経終えて二番極楽寺を出発します。 |
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| ここから畦道の遍路道です。 これより大日寺まで1、2キロ 昔のままの手付かずね道です一昨年此の場所で野宿しました。 五番地蔵寺 を終え食事を済ませて六番へ向けて歩きます。 |
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いま お茶と賽銭袋の御接待を受けました。 大師法号を唱え有りがたく戴きました。 ここ三番金泉寺はこの細い畦道を通り山門を通らす 裏からお詣りします 九時五分到着 |
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五時二十分 切幡寺打ち終えて宿に向かう。 明日は4時起床四時半出発予定。 両足の小指に豆が出来て痛いので、食事の後 豆の手当てをします。 歩き遍路は豆との戦いですよ。 木綿糸にヨウドチンキを浸けて針で豆を縫い糸を通して両端を残して切り取ります。 糸を伝って豆の汁が出るため 痛みが無くなり直ぐに歩ける様に成りますよ。 |
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三月十八日朝6時半十八番恩山寺山門前でパチリと 此から手と口を禊ぎ 本堂に詣りました 朝日が凄く綺麗でしたよ。 8時過ぎ 二十番鶴林寺山門前
厄除けで有名な薬王寺に詣りました。 石段の長石の下には 本尊 薬師如来様の有り難い薬師本願経の種字が埋めて有るそうです。 その経にお供えする意味で石段にお金を添えるそうです。 津照寺打ち終えて別名津寺と言い、本尊は舵取り地蔵とも呼ばれ近隣の漁師さんの篤い信仰を得ておられます。
家に着いたら二十一時過ぎてました。 来週月曜日一番霊山寺より歩き遍路始めます。 阿波一国を満願したいと思ってます。 二泊は野宿の予定です。一泊は柳水庵 二泊目は未定です又お話しします。 |
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| 平等寺山門前です | 平等寺大師堂にて | 津照寺鐘楼門下にて | ||
3月17日 午前6時50分 四国霊場一番 霊山寺山門に入る。 信者七人清々しい朝の佇まいの中で手口を禊ぎ (1人映ってる写真) の後本堂に入り皆さんと 99回目の最初の読経を終えて 順打ちにて四番大日寺山門前で チョイと(ハイポーズ)。
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今日は順調に17番井戸寺を打ち終えて、 十八番手前の民宿千葉さんに五時半頃入りました。 明日は十八番恩山寺より打ち始めです。 お詣りする事を (打つ)と言うのですが、これは昔、巡拝するときに木の札を持って参り山内に打ち付けた為に( 札打ち)と伝えられて来たために、 一ヵ寺お詣りが済むと (一ヵ寺打ち終えた)と証するように成ったものと聞き及んで居ります。 明日は二十七番神野峰寺迄打ち納める積もりです 明日の朝食は6時です。 お休みなさい。 追伸 来週の木曜日25日は歩き遍路にて 千葉さん宅に泊まる予定です。 |
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四国公認先達 現在 準特認大先達を拝命 車遍路・98回 歩き遍路・ 四回目を頑張ってます。 共にお詣りする方、 希望者ご連絡お待ちしてます
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| 次回出発日程 4月8・9日 | ||||
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